サンフランシスコ・ベイエリアでは、非常に強い需要を反映して、4月も引き続き価格の上昇や過剰入札、 物件の市場滞留日数の低下などが見られました。
オファーを受けてから取引が成約するまでにはたいてい3〜6週間ほどかかるので、金利の上昇とそれが実際に取引価格に反映されるまでには、時差があります。つまり、4月に成約した取引は、3月末から4月にかけて金利が大幅に上昇する前に住宅ローン金利を固定させることができた買い手や、固定金利の有効期限が切れる前に購入しようとした意欲の高い買い手によるものです。こうして、一時的ながら市場に需要圧力が加えられました。
金利が低下すると必然的に需要が高まります。
近年、金利の大幅な低下により住宅価格が非常に高騰しました。ところが今年の初頭には、金利が本格的に上昇する前にその影響を避けようと買い手が殺到したために、需要が一時的に急増するという現象が起こりました。しかしその後、ある段階まで金利が急上昇すると、取引価格もピークに達したため、多くの買い手にとって住宅購入が非常に困難な状況になってしまいました。加えて、株式市場が低迷し、経済の先行き不安も高まるなか、現金買いの買い手を含むすべての買い手が経済的・心理的影響を大きく受けています。
もしこの状態が長く続くことになれば、購買活動はどんどん鈍っていくことになるでしょう。
5月5日現在、住宅ローン金利は年初より69%上昇しました。
この金利上昇の規模とスピードから今後に及ぼす影響を正確に予測することはきわめて困難です。インフレ率は40年ぶりの高水準に達し、S&P500株価指数は14%、ナスダック指数は22%下落しています。住宅市場にも影響が徐々に出始めてはいますが、まだ全体的なものではありません。近ごろでは、オープンハウスが以前のような賑わいをみせなくなり、新規物件へのオファー件数も少なくなってきました。買い手の中には、あえて購入しないことを選択した人たちや、もっと時間をかけて物件を厳選していこうと決めた人たちもいるようです。
一方で売り手の中には、物件を市場に出す時期を前倒しする人たちもでてきました。4月は、ベイエリアの多くの市場で成約物件の数が減少しています。しかし、エージェントの中には、今のところまだ顧客の購買意欲や計画に大きな変化は見られないと言う人たちもいます。住宅探しや成約までのプロセスに時間がかかることや、今年に入ってから市場が過度に加熱していることを考えると、成約数に関する統計データに何らかの変化があるとすれば、それは第2四半期か第3四半期になるまで現れないのではないかと思われます。
どんなに加熱している市場でもやがては冷めるものです。
ここで注意したいのは、今起こっている現象が、必ずしも一般によく言われるところの「バブル崩壊」を意味するものではないということです。過去40年間の市場の状況をみると、徐々に市場が冷え込んでいった時期は、取引数が次第に減少して、取引価格の上昇が横ばいになるか、価格が5〜10%下落するのが一般的でした。それは、タイヤがパンクして一気に空気が抜けてしまうような状況ではなく、過剰な圧力がかかったタイヤの空気がゆっくり徐々に抜けていくようなものです。
これに対して、2008年に起こったサブプライム住宅ローン危機は、まさにバブルが崩壊した究極の例です。これは、融資をする金融機関や証券会社、投資銀行、格付け会社などが、倫理観や融資審査基準、リスク管理において、人為的大失態をおかしたことで引き起こされたもので、現在起こっている現象とは大きな違いがあります。
加熱した市場が徐々にクールダウンし始める時まず最初に起こる現象は、オファーの件数や過剰入札、契約成立件数が減っていくことです。そして、市場に滞留する物件の数とその滞留日数が徐々に増加して、取引価格の上昇率が前年に比べて減少していきます。歴史的にみると、下降サイクルが一巡した後、市場は次の上昇サイクルに移行し、たいていの場合、住宅価格は以前のピークを比較的早く上回っています。長期的な見地から過去の価格上昇推移をみてみると、サンフランシスコ・ベイエリアの不動産はきわめて優れた投資対象であることがわかります。
2018年の春を振り返ると、フォークロージャー(不良債権・差し押さえ)危機から6年間にわたって回復した後、ハイテク企業の雇用ブーム、移民の流入、新たな富の創出をうけて住宅価格が劇的に上昇し、ベイエリア市場は強烈な需要のピークを迎えていました。しかし2018年の後半には、金利が2017年の低金利時に比べて31%上昇し、S&P500株価指数は20%近く下落して、需給・供給分析データは市場が冷え込んだことを示していました。
その後2019年春までに、ベイエリアの中間住宅価格は、横ばいか、2〜7%ほど下落しました(サンフランシスコでは、2019年初頭に相次いだ大型IPOで創出された新たな富に支えられて横ばいになった可能性があります)。
データ的にはそれほど大きな変化はみられませんでしたが、前年に価格が大幅に上昇したあと、明らかに市場心理は変化していったようです。2019年の第3四半期に、連邦準備制度理事会は金利を再度引き下げ始めました。そして翌年2020年の春にパンデミックが勃発すると、社会的・経済的に大きな影響を受けて金利が急落し、株式市場は急上昇、戸建て住宅の価格も急激に上昇して2018年のピークをはるかに超えてしまいました。一方、コンドミニアム市場は、パンデミックのあいだ、戸建て住宅市場とは全く違う動きをしています。
住宅市場は、政治、経済、人口など多くの要因によって影響を受けるものです。今後は、インフレーションや金利、株式市場がどのような動きをしていくかに注視することが、とりわけ重要となるでしょう。
また、メディアの市場の取り上げ方も買い手と売り手に大きな心理的影響を与えます。さらには、パンデミックやウクライナでの戦争のように、予期せぬ大きな出来事が突然起こる可能性もあります。市場が変化するスピードや規模は、たいてい地域や価格帯、物件タイプによって異なります。低価格層の住宅は、金利上昇の影響を比較的早く受けることになるかもしれません。サンフランシスコで需要減少の兆しを最初に示すのは、コンドミニアム市場かもしれません。一方、より高価な住宅を購入する人たちは、金融市場の変化がしばらく持続したあとゆっくり影響を受ける傾向があります。
例によって、経済アナリストや学者、評論家たちはさまざま違った経済予測を立てていますが、来月以降の取引データを見れば、もう少しはっきりとした市場の方向性が見えてくることでしょう。
(資料提供・文章執筆:秦 晴子氏)
Comments